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金木犀の香る日に~To Norick [moto]


それは今年、初めて金木犀の香りを感じた晴れた空の日。
前日まで続いたすっきりしない天気の日々。
あなたは窓を開けたときに漂ってきた香りに惹かれて愛車のキーを手にしたのかも知れない。

それは金木犀の香る日。
あなたは“オートバイでレースをすること”を仕事とし、それまでプライベートではオートバイに
乗らない人だった。
それはあなたのプロ意識の表れ、証でした。

それは春風吹く新緑の季節。
12年間に渡る海外でのレースの日々に区切りをつけ、この国の二輪文化の今後を憂い、次世代にバトンを引き継ぐための行動を起こしたあなたは、今年の全日本の中心人物でした。


それは桜舞う鈴鹿の地で。
たった一度のチャンスをつかみ、世界に衝撃を与えた日。
あなたは長い髪をヘルメットからたなびかせ、鈴鹿の地で証明しました。
日本に初めて現われた最高峰で頂点をつかめる可能性を。


それは桜舞う鈴鹿の地で。
あなたは誰よりも速く鈴鹿のトラックを駆け抜け、ヘルメットをかぶったまま雄たけびをあげました。
それはとても不器用で、だからファンの心をうった歓喜の咆哮でした。
そして可能性を期待に変えた瞬間でもありました。

それは桜舞う鈴鹿の地で。
8本の日の丸がたなびいた鈴鹿のポールに、最も困難な日の丸を揚げたのはあなたでした。
表彰台に上がったあなたにはもう涙は無く、ここでは笑うものだということをわたし達に言っているようでした。
そしてこの位置にはこれからも何度も立つよとも。


それは秋風香る茂木の地で。
わたしは初めてこの目であなたを見ました。
そこにはテレビでいつも見ていたその笑顔がありました。
サインをもらい、握手をして写真を撮りました。
今、その握手の感触を思い出せない自分が悔しいです。


それは金木犀の香る日に。
日本でレースをする今年、あなたはプライベートでもバイクに乗りました。
ごく最近、知人から譲り受けたという大型スクーターにとても喜んでいたと聞きました。
わたしにはとても自然にその様子が目に浮かびます。
以前、プライベートで所有するならレプリカではなく、スクーターだと言っていましたね。
それはレプリカだと本気になってしまうから。
本気になるということは楽しめないからという意味だったのでしょうか。


それは金木犀の香る日に。
あなたは新しいおもちゃをもらった子供のような弾ける笑顔で愛車のキーをひねったでしょう。
そしてヘルメット越しに金木犀の香りを感じていたに違いありません。
暑くも寒くも無いほんのわずかな季節のトランジット。
それはライダーにとって一番楽しい季節。
初めてのツーリングはどんなものだったのでしょうか?
今では知るすべはありません。


それは金木犀の香る日に。
江ノ島にきていると辻本さんに連絡をいれ、逗子の辻本さんの家でお話しをされたようですね。
それが最後のライダー仲間とのひと時になるなんて、誰が想像できたんでしょうか。


それは金木犀の香る中。
もしひとつ手前の信号が赤になっていたら。
もしもうひとつ手前の信号が青になっていたら。
もしトラックのドライバーが道の間違いに気付くのがあと3秒遅かったら。
もしその日、朝から雨が降っていたなら。
もし……
もし…

 

あなたは最後の2サイクル500乗りでした。
それまでの日本人が持っていなかった技術を持ち、それまでの日本人の誰にも似ていないスタイルでモンスターを操りました。
あなたの走る姿はモンスターでチャンピオンになった偉大なライダーたちと重なる、そして誰にも似ていないものでした。

でも時代の波は2サイクル500というモンスターをこの世から消し去り、4サイクル990という新たな風を呼びました。
悲しいことにあなたはこの新たなる風に上手く順応できませんでした。
それはあなたが2サイクル500乗りの真の意味での天才だったからかもしれません。

あなたはバレンティーノや大ちゃんのようにオートバイの天才ではなかったのかも知れません。
でもあの2サイクル500というモンスターで世界に通用した日本の始めての天才でした。

もしまだあのモンスターがサーキットを駆けていたら。
もしあなたが世に出るのが3年、早かったら。


金木犀の香る日に。
ここ秋ヶ瀬ではオイルの焼けるにおい、タイヤの焦げるにおいが今でもします。
あなたはここで夢への第一歩をたくさんの仲間たちと踏み出したんですね。
朝から陽が沈むまでこの草むらの中のトラックで、あなたはどんな思い出を作っていったのでしょう。


10years ago

・Kart.1
・Kart.2
・Kart.3
・Kart.4

GPライダーとはこんなに素敵な人たちなんです。
今やセナやシューマッハと並び称されるバレンティーノ・ロッシもこんなに楽しい人なんです。
やんちゃで明るくていつになっても悪ガキで。
そしてこんなお遊びでも負けず嫌いで子供のようにむきになって。


金木犀の香る日に
まだわたしはあなたの事故にあった現場を訪れることはできません。
花を手向けに行くことができません。

あの日の夜、F1中継の前の5分間のニュース。
アナウンサーがあなたの名前を読み上げたとき、まさかと思いました。
でもアナウンサーは躊躇することなくあなたの事故を淡々と報告しました。


4年前に失ったもの以上の喪失感がまだわたしの体に渦巻いています。


あなたの残した意思は全日本のライダーたちがちょっとずつ持ってこれからも育てていくでしょう。
その芽吹きを見ることなくあなたはいってしまいましたが、その意思は必ず天国のあなたにオイルの焼けるにおいと高らかに響き渡るエクゾーストノートと歓声、そしてサーキットに流れる君が代を届けてくれると信じています。

わたしはいつの日か、自分の子供を持てる日が来たときに、あなたのおこなっていた
「親子のバイク教室」に参加するのが夢でした。
あなたの声でオートバイの楽しさ、怖さ、そして素晴らしさを伝えてもらいたかったです。
そのときのあなたはもうちょっとしわが増えていて、でも始めてあなたを見たときと同じ笑顔で優しく子供に接していると思っていました。
それはもうかなわぬ夢になってしまいました。


わたしはこれからもオートバイに乗り続けます。
この世で最も素晴らしい乗りものだからです。


そしてこの季節、ヘルメットを通して金木犀の香りを感じたらあなたのことを想います。
多くの日本人が知らない、本当の世界に通用する才能がわたしと同じ時間を生きていたことを。


いつか絶対、あなたに会えると思うからさよならは言いません。

「バイバイ、ノリック。また会おうね」

2007/10/13:金木犀の香る日に。

753拝


※画像はヤマハ発動機HP、moto GP official HPより



あの事故から過ぎていく日々の中で、ずっと金木犀の香りがしています。
少しずつではありますが、この事故についての情報を目にするたびに自分の中で剥離した何かが別のところに落ち着いていくのを感じます。

わたしは彼が事故にあった現場や、お通夜、お葬式に行くことはできませんでした。
川崎も青山も物理的に行けないというわけではありませんし、行こうと思っていても物理的に行けない人たちがたくさんいることは承知しています。
でもわたしはまだいくことができません。

来月、都内でヤマハ発動機主催のお別れ会が開催されることになったようです。
その日までに彼にに対する思いをきちんと整理しておきたいと思います。

この長い長い記事を書き終えて、この記事を書くために秋ヶ瀬サーキットに行って、やっと顔をあげることができました。

もちろんこれで全部の思いを書き出したとは思いません。
今でもふとしたときに涙が出てしまいますが、でももう歩き始めなければいけません。
ときどき振り返ってしまうけどノリックの思い出を哀しいままにはしたくないから。


4年前に加藤大治郎さんが鈴鹿でのレーシングアクシデントでこの世を去ったとき、
わたしはこのようなかたちでそのときの自分の思いを残すことができませんでした。
手元にあるのは数十枚の写真と彼の思い出をつづった出版物、映像だけです。
でもこの場を持つことで、今回は自分の思いを保存しておくことができました。

記憶は薄れてしまうけど、記録はかたちとなり変わることなく残ります。
これはわたし個人の記録です。
最も私的なものでみなさんには読む価値が無いものであると思います。

でももしここまで一度でも最後まで、目を通して頂ける方がいれば、それだけで嬉しいです。
オートバイにもレースにも興味が無い方に一度でも

「阿部“ノリック”典史」

というライダーがいたことをお耳にいれさえすれば、それだけでも望外の喜びです。


8日の深夜から今日まで、変わらずお立ち寄り頂いた方々。
わたしと同じにノリックを失った哀しみからこちらをたまたま目にされた方々。
そしてコメントにてお言葉をかけて頂いた

「ダックスふんどしさん」、「けちゃっぷさん」、「チノパンさん」

本当にありがとうございます。
失礼ながら今回だけはこの記事を持ってお返事とさせて頂きます事をお許しください。


「success moon」は明日より通常更新に戻ります。
みなさまのご訪問を心よりお待ちしております。


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kyojikun

753さん心と体のどこかで何か区切りをつけないと、ここに戻ってくることはできないのだろうと思っていました。
いつもここに来ている人たちにも、初めてここを訪れた人にも、そして阿部典史さんにも、753さんの思いは伝わったのではないでしょうか。
無理に頑張ることはないけれど、少しずつでいいから・・・明るい753さんに戻って下さいね。
by kyojikun (2007-10-14 00:53) 

HIRO

こんにちは、初めまして。
自分も、初めて訃報を知った時には、愕然としました。
ノリック自身が、一番無念だった事を思うと、ノリックの残してくれた事や思いをどう活かせるかが自分に出来る事だと、事故現場も、昨日の告別式も行けなく無い距離でしたが、あえて行く事は控えました。

辛さに耐える事、乗り越える事は大変ですが、少しずついつもの姿に戻られますように。
by HIRO (2007-10-14 08:29) 

はじめまして。
どちらかといえばホンダを応援している自分にもノリックの訃報はショックでした。
日本人の中でも目立つぐらいファンサービスにも一生懸命でしたしレースもライダーもファンも引っ張ってくれる人なんてノリック以外存在しません。
バイクレースの世界を教えてくれたかみさんの都合がつかずに告別式には行けませんでした。
でも今週の全日本、ノリックが愛した鈴鹿で一時のお別れをします。きっとまた会うときが来ますから…。
by (2007-10-14 16:10) 

和-nagomi

>けちゃっぷさん、こんばんは m(_ _)m
心理学か何かの用語で
「喪の仕事」
というのがあって、きちんと悲しんでそれを整理する事は人の心の動きとして
当たり前なのだそうです。
この記事を書くことによってひとまずそれができたと思っています。
コメント頂き嬉しかったです、ありがとうございます。


>HIROさん、初めまして&こんばんは m(_ _)m
ワタシも事故現場に行くのはまだ無理ですが、もう少し落ち着いたら
一度は行ってみたいと思っています。
このBlogを始めたときからオートバイについての記事を書くつもりでは
いたのですが、こんな哀しい記事が最初になってしまったのは残念です。
でも次には楽しい記事を書きたいと思っていますので、その時にはまた
ご来訪頂ければ幸いです。


>のりドムさん、みさドムさん、初めまして&こんばんは m(_ _)m
奥さまともどもGPファンとは素晴らしいですね!
ワタシも週末の全日本を観に鈴鹿に行く事も考えましたが、まだノリックの
いない今年の鈴鹿を訪れるのを考えるのがつらいので、見送る事にしました。
でも来月行われるというお別れ会には行けるようにしたいと思っています。
大ちゃんのときと同じ催しに行くことになるなんて想像したくも無かったのですが、
せめてそのときにはノリックを好きだった人たちと時間と場所と彼への想いを
共にしたいと思います。


>okeさん、ダックスさん、nice!頂きありがとうございます。
この記事と前の記事に寄せられたnice!はノリックに捧げたいと思います。


その他、こちらの記事をごらん頂いた方々にお礼申し上げます。
by 和-nagomi (2007-10-15 20:23) 

ab-ovo

残念な出来事でしたよね~。交通違反した人の誤った行動で・・本当残念です。彼ほどの運動神経やテクニックを持ってしても回避出来ない事も有るんですよね~。普通の人は心して運転しないといけませんね~。
by ab-ovo (2007-10-16 21:32) 

和-nagomi

ab-ovoさん、コメントありがとうございます m(_ _)m
この事故の元となった違反自体は結構日常的に目にする程度なものな
だけにやるせないというか、無力感が大きいです。
オートバイに乗るときだけではなく、自分がクルマを運転するときにも
事故を起こさないように危機察知能力などを磨きたいと思います。
by 和-nagomi (2007-10-17 21:30) 

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